お疲れ様です。

去年の4月1日、9年間飼ってきた文鳥『ぶんた』はボクのもとから旅立ちました。

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今日で1年が経ちますが、相変わらず部屋にいると、ぶんたの面影を探して気分が少し沈みます。

ボクはブログを立ち上げて、ずっと書きたかった記事があるんですが、理由があって書けていませんでした。

今日はその書きたかったものを書きます。

ボクは今から10年ほど前に、当時文鳥を飼って文鳥ブログを書き続けている人の記事をずっと読んでいました。

まだボクが文鳥『ぶんた』を飼って間もないころの話しです。

その頃はまだ投稿動画もあまりなく、インスタなんてものもありませんでしたが、ボクはその人の記事にちょこっと出ている文鳥の画像や、書いている言葉がすごく好きで読んでいたわけです。

その方は、白文鳥を1羽だけ飼っていたのですが、7歳の時に白文鳥はその飼い主さんの元から旅立ちました。

7年間、文鳥の記事を書き続けていたその人は

『もう書くことが無くなってしまった』

と言い残して、その日を境にぱったりと記事を書かなくなり、失った文鳥の存在が大きすぎたのでしょう。

『新しく文鳥をお迎えする気にならない』と綴られて、ブログも更新されないまま10年経った今も時間だけが止まったように記事だけが残っています。

当時、ボクはその方にメールを送ろうとしました。

『もう一度文鳥をお迎えしてみてはいかがでしょうか?』

その方の文鳥にたいする接し方や愛情表現をブログで拝見して、この人なら次に飼う文鳥も大切に幸せにしてくれるはずだと思ったんです。

今もペットショップには、手乗りのヒナから売れ残り、そのまま荒鳥となって人のぬくもりを忘れて大人になる文鳥がたくさんいます。

このブログの飼い主さんのような方ならば、きっとそんな文鳥を救ってくれるはず・・・と。

・・・都合の良い考え方をしていたわけです。

まだボクは文鳥を飼って間が無い、駆け出しの文鳥飼いでした。

文鳥を失った気持ちも分からず、その立ち直り方も知らないボクに

『また文鳥を飼えばいい』

なんて言葉はあまりにも無責任な言葉に思えて、何度かメッセージを送ろうとしましたが、結局できませんでした。

その後、ボクがはじめて飼った文鳥『ぶんた』は9歳で旅立ちました。

その時にやっと、旅立たれる辛さと寂しさと悲しさを身に染みて痛感しました、1年経った今も部屋のどこかで『ぶんた』の面影を探しているのですから、重症です。

ボクが書きたかった記事・・・それは、文鳥飼いさんに文鳥を飼う事をやめてほしくない・・・という記事です。

飼っている文鳥との別れは、苦しく悲しいものです。

心の受け皿からそれらが溢れかえって、簡単に受け入れる事はできません。

現実はいなくなった・・・と認識しても、一緒にいた時間と愛情が深ければ深いほど、その部屋のいたるところに文鳥の面影が残っています。

旅立った文鳥の面影は、飼い主の心に暗い影と悲しみを落とします・・・が。

その文鳥と過ごした日々は、飼い主の心をおだやかにもしてくれます。

『もっとあーすれば良かった』

『もっとこーしてやれば良かった』

『もっと・・・もっと・・・』

と考えるのは、どの飼い主も一緒だとボクは思っていて。

後悔する事もあるかもしれませんが、それはあなたが優しい人だからです。

その文鳥と過ごした優しい生活はずっと大切な記憶として残ります。

その記憶は、他の誰も持つ事が出来ない、あなたと文鳥だけのものです。

ボクはぶんたが旅立ったあとに、悩みましたが、桜文鳥のヒナをお迎えしました。

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名前を『ごま』と名付けて、もう1羽の文鳥『ハル』と一緒にまた育てはじめました。

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『ハル』は非常に面倒見が良く、ボクが少し目を離しても『ごま』の事をずっとかまってくれていました。

それから1年後

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『ごま』は大人になり、『ハル』と一緒に元気にボクの文鳥生活に付き合ってくれています。

鳥は非常にデリケートで弱い生き物です。

住んでいる環境や家族構成によっては、どうしても飼う事が出来ない場合もあるとは思います。

文鳥を飼ったけど、鳥アレルギーの家族がいたから手放した・・・とか最悪です。

犬猫や、他の動物がいる場合も難しいかもしれません。

そうではない場合。

ボクの知る文鳥飼いさんの多くは、悲しみが大きすぎて飼えなくなる方がほとんどです。

そんな方に限って、文鳥にたいする愛情が誰よりも深いのです。

『もっと一緒にいてやればよかった・・・』

そんな言葉を何度も聞いた事があります。

後悔するほど文鳥にたいする愛情をもっているのならば、つぎにお迎えする文鳥には、きっと精一杯の愛情を注いであげられるのではないかと思うのです。

生き物の命を面倒みるのは、とても大変です、飼い主の自由な時間を削って面倒を見る必要があり、それが最低条件になります。

簡単に『また飼えばいい』・・・とは言えません。

ただ、文鳥を飼った事があり、失った悲しみが大きい人にこそ・・・

また文鳥をお迎えしてほしいと思っています。

ボクは、いつかおじいちゃんになって、体が不自由になって、一人で何も出来なくなるまで・・・文鳥と過ごしていきたいです。

文鳥を失った人たちに、いつかこの記事を書きたいと思っていました。

それでは今日はこのへんで。

この記事を読んでいただき、ありがとうございます。